座して恋はなし

お酒にも美女にも酔った合コンであった。魔性系美女Mちゃんは、ある種の人が持つ、むせかえるような南国の花の匂いのフェロモンを発することで有名だ。テーブルの上で起きるドラマの数々は、怖ろしい秘密ゆえの影を持ち、そしてセクシーなのである。事実、ずんずんと男の人の心をかっさらっていく。ああいう妙技は一朝一夕で身につくものではないであろう。もう女性の価値が違うという感じである。


Mちゃんはあでやかな容姿に似合わず、ものすごく食べる。その量が尋常でない。

「僕は食べる女の人、大好きなんだ」B氏は言う。

「僕はこの頃の若い女のコって、本当に腹が立つんだ。ものすごくいいレストランに連れていってあげても、メインは食べませんとか、量を半分に、とか平気でいうだろう」

男の人というのは、たぶんいくらダイエットをしていても、自分と一緒のときは‟解禁”にしてほしい。今日はナンタラカンタラというのは、いわゆる「裏舞台」で、男の人一緒のときにするべきことじゃないようだ。


「私はこういうとき、いっさい食事制限しません」というMちゃんの言葉がいちばん正しいのであろう。男の人と一緒のときには、放埓に食べる。この放埓、というのはとてもセクシーなこと。このちょっとしただらしなさが、‟オトシたい女性”へとつながっているんだわ。だらしなく食べて、ちょっと男の人にだらしなくなる。あれじゃ、男性が寄ってくるはずだ。


最近つくづく思うことがある。男の人というのは、やっぱりいい女にうんといいものを飲ませたいようだ。

「シャンパンを出してあげて」と気前よく店員さんに言う。

高貴なワインがいっぱい抜かれた。ぐいぐい‟飲むMちゃん。これはまさしく‟女王さま飲み”である。飲みっぷりのいいのも、モテる女性の条件だ。いっぱい飲んで、適度に酔い、適度に可愛くなり、適度に男性にからむ。おとりまきの男の人たちは、「仕方ないな」とつぶやきながら、抱えて女王さまをつれていく。ものすごく高度なお酒のテクニックだ。どんなに酔っても嫌われない。そうして自分への忠誠度を試している。


「彼氏、当然いるよね」

「はい、います」ハキハキ答えるMちゃん。

なおも続けて言う「私、熱しやすく冷めやすいタチなの」

すると男性たちはニコニコするではないか。そう、Mちゃんが‟魔性系美女”と呼ばれる所以は実はここにあるのだ。


「ひとりの男性には、ひとりの女性しか必要ない」と言う人がいるし、私もずっと同じように思っていた。しかし、それはきっとあまりついていない青春をおくってきた人間の発想なのだ。世の中の真のモテる女性というのは、次々と現れる男性と恋をする。相手の男性にも自分ひとりを愛してほしいなんて考えない。自分も大きなラブのだ円形を持っていて、相手もだ円形を持っている人が好ましいのだ。そしてだ円形の重なる部分でつき合っていく。だから男性の心にある永遠の女性になるのである。


ふつうの女性はモテる男性の最後の女性になりたいと願う。しかし彼女のような魔性系美女は違う。モテる男性はモテていてそれで構わない。余裕のある大人の恋。やはり並みじゃない女性は、並みじゃない青春をおくるものなんだと私は思い知るのだ。


魔性系美女という尊称からいちばん遠い人である私は、しんから感心してしまう。いや、待て。このまま老嬢になって、感心するだけなのか。当事者になれないまでも、切れっ端をかじるぐらいのことはしてみたいわ。

それでついワインにいっぱしの顔をする私。この図々しさが功を奏して、私のグラスにどばどばワインが注がれる。その夜の私は‟女王さま飲み”をしたのだ。単純な私はすっかりいい気になっていく。やがて遠くを眺める目となる。そして最後はエラそうにこう締めくくった。そうよ、これからは魔性系、私ってすごくモテる女性というイメージを浸透させていきましょう。


が、悲劇はそれから六時間後に起こった。明け方の光で目を覚ます。お化粧をしたまま、服を着たままリビングのヨガマットの上で寝ているではないか。酔っぱらって帰ってきて、そのままどさりと寝てしまったのだ。化粧を落とさずに眠ったなんて何年ぶりだろう。どんなことがあっても、這って洗面所に行った私なのに。この歳にこれはつらい。


レストランまでの記憶はあるが、次の店のことはほとんど憶えていない。

私はMちゃんにメールを打つ「私、昨夜のこと、何も憶えてないんだけど」

「バーに入ったら、あらここにラーメンのメニューがあるって、すぐに頼んでたよ」

ものすごい量食べ、お酒を飲んだ後でラーメンを食べるとは...。さっそくヘルスメーターにのる。卒倒しそうになった。人間、これほど急激に体重が増えるものだろうか。私の場合増えます。


そして私が出かけたところはお蕎麦屋さん。仲よしのMちゃんと一緒である。その彼女に、うっかり御札のことを話したら、「欲しい、欲しい、絶対欲しい」とねだられた。が、Mちゃんに御札なんてあり得ない。魔性が魔力を持ってどうするんだ。私は拒否した。

「ダメよ。鬼に金棒、Mちゃんに御札。これ以上モテたら、あなた体悪くするわよ」

しかしMちゃんのエネルギーはすごく、押しきられてしまった。バツイチ男性が、そろそろ市場に出まわってくるとMちゃんは確信していたのではないかと思わせるほどだ。他の人にだったらきっと持たない感想を私は持つ。




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