美女の神通力

ちょっと淋しくなった私のところに、そう、神さまからの贈りもの。世にも稀な美女がひとり登場したのである。私は驚きました。世の中にこんなにキレイな人がいるだろうか…。

年齢不詳、国籍不明、いってみればお人形のように美しい人である。


私は何人もの美女と呼ばれる人を目の前で見たことがある。が、Aちゃんはその誰とも違っていた。お喋りもしないのに、こちらの表情を見て何度も深く頷いたりする。不思議な魅力をもった女性であった。

おそらく風貌を観察して、その人がどんな風に今まで生きてきたか解読し、詳細に浮かびあがらせる作業をしていたに違いない。そんなAちゃんは、私の目にはえらく大人に見えた。


私の知っている限り、VIPの夫を持つ女の人というのは、たいてい話をそっちの方に持っていこうとする。夫の話ばかりする。しかしAちゃんはそうじゃない。もちろん自分自身が活躍していることもあるだろうが、ダイエットの話や、ファッションの話を楽しそうにするだけ。偉大なご主人を持っていても、さりげなく自慢するわけでもなく、そうかといって避けるわけでもない。こういう女の人だから、一流の男の人に愛されるわけね。Aちゃんの人柄にふれて、ますます好きになっていくわ。


友人は言った「Aちゃんのおうちったら、すごいの。大邸宅よ」

「私、見たい」こういうとき、素直かつ強気なのが私のいいところである。

「どうっていうことないうちですけど、よかったらちょっと寄ってください」

Aちゃんは優雅な奥さんらしく鷹揚に言って、私たちはさっそく車で出かけた。


それがすごいの。どこからどこまでが彼女のうちかわからない。通りの半分ぐらい塀が続いている。中に入ると、ロビーといっていいぐらいの広いたたきがあって、来客用のベンチが置かれていた。

私はよく憶えていないのであるが、友人によると玄関からリビングへと、スキップしながら歩いていったそうだ。


内装の贅沢さもさることながら、生花の見事なことといったらない。お花から魔法を生み出しているのである。

たとえば玄関の花は、オブジェのように大きな円すいのガラスの花器が並び、初夏を思わせるグリーン一色の大きな花がリズムをつけて生けられている。廊下は白い芍薬一色がたっぷり盛られたアンティークの手桶、リビングは年代物の火鉢に投げ入れられた主張のある色の花々、といった風に陰影がこちらの心に深くしみ入ってくるのである。


その世界から一瞬たりとも心をそらすことができなくなってしまう、“ハマる”という実感をこれほど持てる作り手はちょっといないのではなかろうか。生花の儚い輝きが好きな女性だったら、きっとこの快楽をわかってくれるだろうと思う。


ここのダイニングでいただくお茶はとにかく素敵であった。

白いリネンのクロスに、大層手の込んだレースのクロスをふわっと重ねて、卓上は銀彩が施されたモダンな平皿に野の草花が角度をつけて設えてあった。やや薄暗い照明の下で、レースの白が輝いて見える。その上にカフェオレのカップが置かれ、これまた白いリネンにくるまれてクロワッサンやバトンが運ばれてくる。涙が出るほどおいしい。中庭を見ながら、ゆっくりとカフェオレをすすり、チョコレートのクロワッサンを食べる幸せといったら、ああ、大人になってよかったと思う瞬間である。


それにAちゃんのやさしいぬくもりといったらどうだろう。

「このメロンはおいしいから、もっと食べてね」

皮をせっせとむいて、すごくおしゃれにお皿に盛って私たちに勧めてくれる。

五感をくすぐる美しいテーブルセッティングに、夢をあたえてくれるような感動的な生花。私の長年の研究によると、こういうセンスを持っている人って、たいてい美人でおしゃれである。いや、美人でおしゃれだからこういうことができるのだ。本当に美人ってこちらの心も豊かにしてくれるものである。


陽が暮れてから、ベランダに立つ。高い建物などほとんどない。静かな街が薄暗い闇の中に沈もうとしている。そして教会の鐘が力強くなり始めた。まるでミュージックビデオのワンシーンのような光景に私はうっとりしたものだ。

「ここでお酒を飲んだら最高よね」と叫んだのは、おぼろげながら憶えている。しかし、グラスを傾けて、体をクネクネさせながらレゲエの歌をわめいていたというのは、どうしても思い出せない。


いずれにしても、すっかり気持ちが昂ったのは確かだったようだ。それが証拠には、次の日ベッドから起き上がると腕も脚も筋肉痛だらけであったのは本当。いったん興にのるともう止められないというのがわが一族の特長である。私もその例にたがわずお調子者ときている。声高らかに歌い、ダンスに身を入れ過ぎてしまう自分が今さらながら怖い。


「これ、お土産です」

Aちゃんご愛用のリップグロスだそう。

「ありがとう。これで私も、Aちゃんみたいに美人になれるかも」

ふっふっと童女のように笑うAちゃん。長いまつ毛の落とす影がバラ色の頬をよりドラマティックに魅せる。それがまた可愛いの。

「恵美子さんって、どうしてこんなに若々しいのぉ。好きなお洋服のブランドも一緒だし」

本当、嬉しい、とすっかり舞い上がる私である。

後で身内に自慢したら「そんなんで喜ぶなんて。単にトロくて御しやすいって思われたんだよ」だって。

ひどい。でも、いいの。私、美女に翻弄されてもいいの。もう男性はあきらめつつあるから。



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