ちょっと気になるヒト

私は“焼肉”を前にすると、どうやら人格が変わるらしい。というよりも、私のいけない部分がデフォルメされるといった方が正しかろう。


あれは桜前線が北上した昨年のことになる。ある男性と一緒に、有名な焼肉店へ出かけた。ここは炭を使うとても高級なところで、お肉も上等なものばかりだ。

ところがお酒好きな彼は、あまりお肉には手をつけないで水割りをちびりちびりとやる。そうしながらおもしろい話をいっぱいしてくれるのであるが、私はほとんどうわの空。私の大好きなカルビがほどよく焼けて、ジュージューと脂の泡をたてているではないか。これをどうして見逃すことができよう。


「あ、そうなんだ」「へえ!ほんと」私は適当に相づちをうちながら、次々とお肉を口に入れる。気がつくと、彼の冷ややかな目がそこにあった。

「あのね、もうちょっとゆっくり食べようよ」

あの後、かなり気まずい雰囲気が流れたのではないだろうか。二軒目はなかったと記憶している。


話はここで終わっていれば、私もいまさら昔のことを思い出したりしないのだが、この焼肉事件は長く尾をひくことになる。彼はいろんなところでこの焼肉の話をしているらしい。

ツイッターにもつぶやいていた「僕はものを食べるのに、こんなに真剣な人を初めて見た」

そうである。しくしく…。焼肉は私の理性を奪う私にするのだ。つくづくわが身が情けなくなる。見かけによらず身も心もナイーブな私は、この書き込みが出た日は布団をかぶって寝てしまった。


“美人講師”の私としては、息長くイメージ向上につとめてきたのに、すべては水の泡である。わーん。

次の日、やっとベッドから起き出し、慰めてもらおうと友人のところを訪ねると、玄関口にお母さまが出て「本当に大変だったわねえ」と同情される始末。ますますみじめになる。男友達からは軽蔑され、女友達は悪いと思ってか、この話題を避ける。すっかりナーバスになった私は、あの誘惑的な赤いネオンもよけてとおりすぎるようになった。


ところがやはり、焼肉の魅力は捨てがたいものがある。私はつい油断してしまったようだ。気のおけない旧友とならいざしらず、デイトの時に焼肉屋に行くという愚挙をおかしてしまったのである。


私はここのところグループ交際というか、ダブルデイトをしているのであるが、お芝居の帰り、開いているお店がないというのでつい焼肉屋に入ってしまった。

お腹がペコペコだったせいか、その日のカルビはことのほかおいしく、それをおかずにライス大をたいらげてしまった。しかも二杯。女友達もえらく食べるコで「私、ビビンバもいけそう」と言い出した。女性二人でビビンバを注文し、二人で分けて食べる。


「よく食べるよなあ。オレ、見ているだけで胸がいっぱいになっちゃうよ」男性の一人が皮肉まじりに言った。

彼は独身の弁護士として、私たちの評価はかなり高かったのであるが、このひと言でかなり減点した。いや、彼が悪いわけではない。意地汚い私がいけなかったのかもしれぬ。


この時かなり後悔していたのに、おとといもまた焼肉屋に男性と一緒に行ってしまった私は、やはり思慮が浅い。

しみじみと彼は言った「よく食うよな。これ全部君が食べたんじゃないのか」

あの時から愛想をつかされてしまったような気がする。


今度こそ私は反省した。なぜ私は焼肉を前にすると、失態を演じるのか。

大判焼きの鉄板のように、次々と並べ、次々とひっくり返す。

「さ、さ、早く食べて」とせっかちの私は相手をうながし、また並べ、またひっくり返す。この時の勢いでお肉を口に運ぶ。これを五分もするうちに「並べる、ひっくり返す、口に入れる」という一連の作業の手順が、機械的に完成するようなのだ。こうなるともう止まらない。ロボットがせわしく動くように、私は焼肉の亡者となる。


おせっかい、せっかち、もったいながり、大食い、食いしん坊。これだけ私の欠点がいちどきにでる作業は、焼肉以外に思いあたらない。

ほんのりと甘やかな気持ちをもつ男性が何人かいるのであるが、誰とも進展しない。私の魅力が足らないということもあるであろうが、焼肉が手足を大きく広げ、行く手をさえぎるように立つからではないだろうか。




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