美女という革新

きちんとした勤め人こそが、日本をずうっと支えてきたという思いは強い。讃えたいと思う。が、そういう気持ちを持ちながら、やはり大企業のトップや、カリスマ創業者にお会いすると「なるほどなぁ」と思う。普通の会社員は日本を支えているわけであるが、こういう方々は日本を引っ張っている。舵取りにふさわしい能力、あるいは強い個性をお持ちである。


Aさんはシャネルのツイードスーツのことを「私の勝負服」と呼んでいたものだ。

コンサバ系はもちろん、モード系でも女性だったら誰でもシャネルスーツには憧れる。素晴らしい素材使い、愛らしいデザインのものが多いのに、きりっとした印象になるのはその価格のせいだろう。他のハイブランドのものに較べても際立って高い。こんな洋服を買えるのはタダの女性ではあるはずはない。


パパ活をしている可憐な女の子が着ているのをたまに見かけるが、こういう手合いを別にすれば、当然自分で買える女性が着ているわけで、シャネルスーツはそれだけでりりしくカッコいい。

シャネルの白をセクシーに、黒をキュートに表現できる人は、叩き上げの女性トップという気がする。男性権力者を渡り歩いてきた、チイママの貫禄ではとても無理だ。


無垢な女の子には買えない、無知な大人の女性では着こなせないシャネルは、大層厳しくハードルが高い。女王のような威厳と貫やかさをもつAさんは本当にお似合いで、堂に入っていた。であるからして説得力がある。


私の知っているAさんというのは、まっすぐ前を向き、固い表情で足早に歩く女性であった。それは颯爽としていていかにも働く女性という風である。

Aさんの素敵なところは、笑いたいときには笑うが、それ以外はごくあたり前の表情をしているところだ。長身のすこぶるつきの美人だから、ややそっけなく見えるが、おかしくもないのにつくり笑いをするよりも、見ていてはるかに心地よい。


男性の顔色をうかがうようなアルカイックスマイルを浮かべ、男性好みのヘアやメイクを研究し、人と同じ遊び方をしてきた女性は、どんなに見てくれがよくても、ウエハースのように味気ない。こんなときに思いっきり歯ごたえのあるおせんべいにあたったら、人はやはり強い印象をもってしまう。


女性登用というのは実はとてもむずかしい。ちゃんとした成功の条件とは、同性からやがて認めてもらえるというものだ。

突出するということは、本当にいろいろ大変であろう。普通にしていても野心を持って階段を上がっていくと、いろいろなやっかみや悪口が飛んでくる。罠を仕掛けられる。さらにそこから何段か上がらなければ、同性の尊敬はかち得ないのだ。


多くの女性たちが脳みそをピーンと尖らせて、楽し気に体を動かしAさんの会社で働いている。それは、Aさんならば自分と同じ言語で喋ることができると理解しているからであろう。

高度の教育を受け、仕事のキャリアを積んだ経験をもつ女性。楽しいことも山のように知り、もがき苦しむような経験も山のようにある彼女なら世の中はおとぎ話でないことを知っている。綺麗ごとで片づけられる建前よりも、苦言を含む真実の方を選びとってくれるからだ。


本当に自分がやりたいことでビジネスをするためには、実力のあるスタッフとの信頼関係を築かなければならないし、他にもいろいろなチームワークが必要だ。気苦労は多いに違いない。そうした対人関係での気遣いを重ねているから、彼女の生み出す一言が、調書が、パイの皮のように重なっていき、やがて硬くなりこちらに緊張感をもたらしていく。


そして“知のミューズ”と散歩するような快感を覚えるのは、その嗅覚のせいであろう。他人の気持ちを読みとるのがバツグンにうまい。全部言葉で説明しなくても、Aさんはこちらが思っているクオリティを満たしてくれるのだ。それはとりもなおさずセンスがある、ということなのだろう。Aさんという人はよく私のことをわかってくれているわと、一方的な親愛を女性経営者に寄せる、共感のいちばん素朴な形の始まりである。


仕事に対するひたむきな愛情、一見、静謐に見えながらも「自分の名前で勝負したい」とはっきり言い放つ潔癖さは、Aさんを非常に魅力的なヒロインにしている。うっかり触れるとヤケドをするような熱さを持っている、現代的な実にカッコいい女性だ。


いつしか世間というものは、つつましく比較的誰もが手に入りやすいものに幸福を感じると「いい人」と言われ、その反対の嗜好を持つと「気が強い」と非難されたりするものだ。

さりとて「シンプルでふつうの生き方」で幸せにはなれない人間というものも、この世の中には確かに存在している。望むものがなければ、欲張りにならない。勝ったことがなければ、誰も負けず嫌いにならない。勝った記憶があるから、勝った快感を知っているから人間は勝ち気になるんだ。


私は今ははっきりとこう言おう。女性というのは、とにかく受動態を装うのが好きだ。ちょっと成功した女性たちのコメントを聞いてみるがよい。実によく似ている。

「まわりの人に恵まれて、本当に運がよかったんです」

「チャンスがやってきてくれたっていうことですね」

しかしその人々やチャンスに近づいていったのも、実は彼女自身なのである。


自分でオーディションに応募しない限り、オーディションには受からない。そして人生のオーディションは山のようにあるのだ。「気が強い」女性と呼ばれることを恐れているうちは、まだほんの女の子だとさえ私は考えている。大人になってモテる強い女性になる、そんな人生ってカッコいいではないか。



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