ボディは語る
気温が下がるのと反比例して、私の体重が上がっていく今日この頃である。太ったというよりも、横にぐーんと拡がったっていう感じだ。いけない、これじゃ。美と品性を売り物にしている私にとっては大打撃だわ。
ダイエットの先生から厳しく言われた「いいですか、恵美子さん。本当に気を引き締めて行かなくては!」
「もう心を入れ替えて頑張ります」私は泣いて先生に誓った。
私は日ごろの生活態度、そして精神の持ちようを大いに反省した。食事は小鳥のようにほんのちょっぴり、お酒だって唇をぬらす程度だ。そして解毒の働きのある漢方を服用する。車や電車は使わず移動はできるかぎり歩く。もちろん毎日のトレーニングとマッサージは欠かさない。すると私の体をただちに変わっていったのである。
その二週間後、私は大人のデイトというべき会食の日である。以前の会食後にB氏から連絡をいただいた。
「あんなに楽しかったことはない。ぜひ、また会いましょう」ということになったのである。
「やっぱり私って、面白さバツグンなのね。私みたいに知性とユーモアを持っている女性は少ないのよね」とすっかり舞い上がり、ひとり踊り出す私。
彼はもちろん独身で、前の恋人と別れてからは女性の影もささず、それも私が気に入ったところだ。
いい男からの誘いと、おいしいものの誘いは決して断らない私は、とにかく頑張った。万端ぬかりなかったと思う。まず美容院へ行き、炭酸源で地肌を整えてから超音波トリートメントで照りのあるツヤツヤの美髪に。そして移動して別の場所へ。私の知り合いがつい最近サロンをオープンした。そこでまつ毛エクステをしてもらったのである。この頃の疲れからついうとうとしてしまった。しかし目をさますと、鏡の中には切れ長のセクシーなまなざしの私の顔があるではないか。
コーディネイトは、メンズテーラード仕立ての真白のジャケットにこれまた真白のパンツ。足元はまるでミモザのような黄色の華奢なヒールで、自惚れと言われることを覚悟で言えば、我ながら素敵な装いだと思うわ。インナーはノースリーブで、ちょっと光沢のある素材だ。お肉の波うっているのがはっきりとわかる。ノースリーブから出ている腕の太さときたら、体の横幅と同じぐらいだ。しかし上着を着るんだからどうということないわね。
ロマンティックな夜であった。ロマンティックな歩道橋であった。
誰でも経験があると思うが、都会には一郭といおうか、ちょっとした物陰というところがある。人気のない裏道の長い坂の上にあるしゃれた和食屋さんというのは、男性と女性の物語としては最高の舞台である。
やや遅れて、お店に行ったら、あちらはもうカウンターに座っていた。他の人はどうだか知らないけど、私は男の人とカウンターで食べるのがあまり好きじゃない。体の側面に自信がないからである。だけどあちらの指定だったので文句ひとつ言わず、その和食屋のカウンター席についた。このところ太ったので、椅子が窮屈に感じるわ。
「久しぶり、乾杯」
この店は日本酒が充実しているのであるが、まずは艶っぽく白ワインからいきましょう。その人と会ったのは本当に久しぶりだったので話ははずんだ。自分の話を面白おかしく話すと、彼ははじけるように笑ったりする。ここでもやはり己の実力を感じた。その時だ。何か倒れる音。カウンターの向こうにいる若い板前さんが料理を出そうとして、ワインのグラスを倒したのである。
「あ、すいません、すいません」
大騒ぎになった。私のジャケットには、白ワインのシミが水玉模様となってついた。
「手当しますから、すぐに脱いでください」
「そうだよ、早く脱いだ方がいい」
連れの男性も言ったので、私は素直に脱ごうとした。そのとき、酔っていたこともあり、私はすっかり忘れていたのである。自分の二の腕の太さ、盛り上がっている脂肪。上着を脱ぎかけたとき、空気が私の腕に触れ、そしてやっと気づいた。
「あの、いいです。気にしないで。この上着、すぐにクリーニングに出すはずだったから構わないでください」
「いいえ、そんなわけにはいきません」
無理やり脱がされる私。そして私の二の腕は、空気に触れ、人の目にも触れた。
「わー、すごい!」と彼は叫んだ。
「腕相撲強そうだね」驚きと戸惑いを含んだ声である。
私は傷ついた。ものすごく傷ついた。いろいろと準備し、時間切れでどうしようもならないぶっとい二の腕は、うまくジャケットで隠したはずなのに、まさかこんなアクシデントが待っていたとは。結局私は二時間近く、ノー上着のままでカウンターで、ノープライド、ノーモザイクでひょうきんをやりきったのである。ああ公開処刑。
わーんと私はベソをかきながら家に帰った。
帰ってきて、私は友人に電話をかけた。二の腕を見られたことを言ったら「キャー、ひどい!」と悲鳴をあげた。
「恵美子さんは太るのも早いけど、痩せるのも早いから大丈夫よ」
そう、昔から私は“和製マライア・キャリー”といわれている。そうか、私ってセレブのローテーションなんだ。
そしてこのひと言が私に自信らしきものをもたらしたのは事実である。私は持続性はないが集中力はある。ダイエットを始めるとストイックに徹底的にやるというのが、私の秘かな誇りでもあった。
単純な私はこう叫んだ「もっと頑張って美ボディになったる」
私はよおくわかった。いい男と二人っきりでいて楽しいのは、相手がこっちに気があって、何とか口説こうとしている場合のみだ。二の腕横綱の私にはそんなことあり得ない。
ここまで悟りきっていた私が、いい男と会うと心ははずむ。実は近々、あるイケメン男性とご飯を食べるプロジェクトが組まれているのだ。
負のスパイラルから抜け出すには、やはり男の人の力を借りなくては。傷だらけの心を癒し、ブタの体に渇を入れる方法。それはやはりデイトであろう。つくづくこりない私であった。
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