大人が勝ち

前回に続き、冬の夜に行われた合コンの話である。(前回の記事はいちばん最後にリンクを貼りつけています)

かねてより私はⅠさん推しであった。背が高く、ほどよく筋肉がついた肉体の美しいこと。そしてすべすべした肌をもつ顔には切れ長の目と引きしまった唇。


わが国の女子文化において、今まで目がぱっちり一辺倒だった美意識が、日本的なものに人気が集まる、といった現象は今までにもあったけど、Ⅰさんの場合はそれとも違う。日本的な涼やかな顔の下は、抜群のスタイルということである。北欧人以上の手脚の長さがあってあの顔、というアンバランスさは見るたびに吸い込まれそうな気持ちになる。

何より目のしぐさ、手の動き、ふっとした笑い顔が、とろけるほどセクシーなのだ。


「本当に私ってイケメンへ向かう嗅覚が鋭いわ」と得意になっていたら、まわりにⅠさんファンはゴロゴロいるではないか。なんとかしてライバルを追い抜き、お近づきになれないものだろうかと思う。であるからして、今回会ったとき、さりげなく言っちゃおうかな。

「あ、Ⅰさん、今度近いうちにご飯でも食べましょう」なんて、事前にいろいろシュミレーションを考えていたんだけれど、宴席の幕が上がると何も言えなくなってしまった。


席に座ったとたん、Ⅰさんは私の髪を撫で始めた「静電気で髪が立っているよ」

私はすべてに通俗的であるから、心遣いもこういう単純明快なものが大好きだ。が、「あ、いい、自分で直す」と身をよじる。


これについて、ああだこうだという人もいるが、仕方ない。ふつうの女性は、まずすんごい美形の視線をまともに受け止めることができないからである。うんと美しい男性を目の前にすると、並みの女性は平静ではいられなくなるはずだ。


それでもⅠさんの手は私の髪から離れない。モダンな白い壁の洋館、神経がいきとどいている調度品、ライトの下のどっさりと盛られた出色の花。立ちのぼる色気が流れる空気と時間を薫染せしめる。そのカッコイイことといったらない。私の心臓はかたかたと鳴らされて、頬がほんのり上気した。もう気が遠くなりそう…。


これほど素敵な男性とふつうにご飯を食べたり、喋ったり、一緒のベッドで寝たりする人がいるなんて信じられない。だってあんな桁はずれのフェイスが横に眠っていたら、イビキも歯ぎしりもできないし、朝起きて左右、上下へと髪がバクハツしていたらどうしよう、とおちおち眠っていられないはずだ。


男性と女性のことを複雑に考えない。へんに屈折したり、深読みしない。美形の愛を素直に受け入れられるというのは、人生においてどれだけ幸福なことであろうか。


さて、その日Ⅰさんが連れてきたメンバーは、経営者の方ふたりと音楽家ひとりで、才能がキラキラしていた。しかもイケメンぞろいで、性格もすごくいいし、ちっともえらぶらない。彼らの魅力というのは、スマートさ、たくましさをこれでもか、これでもかと見せつけたかと思うと、次に一発芸を始めるところ。これほど二枚目と三枚目とを自由に行き来できる人たちってちょっといないのではないだろうか。つまるところ、女性の頭を痺れさせ、心をかきみだす人種である。


そう、懸案の女子アナDさんであるが、テレビで見るよりも、ずっと美人であった。スタイルもよくて、ぴっちりしたピンクのワンピースがお似合い。気の弱い私は、あんなにDさんに闘志をふるわせていたのに、「わー!キレイ。よろしくね」と握手をしていたではないか。


なんでこんなに素敵なんだろうとつぶさに観察した結果、私はあることを発見した。「美人に季節なし」。

寒さが厳しい冬深い日で、私はインナーをしっかり着込んでいた。それなのにDさんは、ノースリーブの薄物を着ていたのである。ぜい肉のない腕を持っていれば、こういう服が似合うことを知っているからだ。自分の魅力と似合うものがぴったり重なるのは、なんという幸せであろうか。おしゃれって本当に深いものだと、肌着レベルの私はつくづく思うのである。


そして私は疑問を持つ。あんな格好をして風邪をひかない方が不思議だ。美人は体温が高いのか。それともすぐ傍で、コートを持ったマネージャーが待ち構えているのか。ぜひ誰か教えてほしい。


このDさん、ものすごい清楚な雰囲気なのであるが、とてもキュートな三枚目キャラである。自分の学生時代のことを面白おかしく話す。さっそく男の人たちが、わっととりまいて楽しそうに聞いていた。その光景っていうのは、まるで砂糖菓子に群がるアリンコみたいだ。


そしてMちゃんはと見ると、彼女は遠慮していちばん端っこに座っていたのであるが、そこで甘い顔立ちの男性とじっくり話し込んでいた。

彼女が“恋愛の特権階級”と呼ばれている所以は実はここにあるのだ。ものすごく喋って、一座の中心になるかと思うと、空気を読んでさっと聞き役となる。そしてちゃんと成果をあげていくのである。


私は帰りのタクシーの中でMちゃんと反省会をした。

「女子アナのDさん、モテモテだったね」

「いーえ、男の人、誰もDさんのことそういう目で見てませんから」Mちゃんは極めて冷静にそっけなく言った。

「Dさん、いいコですけどまだ若いですね。ああいう風に、自分が、自分が、って喋りまくるのはまだ青いですよ。あんなのは、とうてい私たちのライバルじゃありません。恵美子さん、いいですか。私たちのライバルは、ああいう時、人の話を聞いてうっすら笑っている女性です。そういう女性が、イキのいい男性をいちばんかっさらっていくんですよ」

さすがだ。私は一生この人についていこうと思った。


五分後にMちゃんの携帯が鳴った。さっきの男性からだ。なんたる速攻。Mちゃんの巧みな技に相手はすっかりまいってしまったようだ。

携帯片手に微笑むさまが、色香に満ちていた。

女性はいくつになってもキレイになることはできる。が、“色香を漂わせる”というのは、男性とかなりいろんなことがなければ不可能だ。その男性というのは、そこらへんに転がっている男性ではない。十分に思慮があって、しかも恋愛上流社会の男性ではないと話はおもしろくないのだ。Mちゃんは自分に似合った優勝級の男性を手入れ、いろいろな駆け引きを楽しむのであろう。


ここでMちゃんからひと言「久しぶりに鼻の穴をふくらませる恵美子さんを見てうれしかったです。昔からいい男を見ると、表情に露骨に出ますよね。私、笑っちゃいました」

そうだったのか。どうりでⅠさんが困惑の表情を浮かべていると思った。女性として市場に出ることの大切さをつくづく知った一日である。

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