遺伝するファッション

ミコちゃんと久しぶりに会った。彼女はエディトリアルスタイリストをしている。私の周りで、ピカイチの美人で、ピカイチのおしゃれさんだ。時代の空気をまとっている様は、女性たちの遺伝子を心地よく刺激する。


ボブヘアーの毛先はピンク色に染められているが、すごく可愛い。ボタンの留め方によってシルエットがかわるニットに、プリント生地と無地を組み合わせたラップスカート、最旬のレアスニーカー。手には丸いかたちのビンテージバッグをもっている。発するパワーを御する、その加減さは圧巻だ。プロはこうも違うものであろうかと驚嘆の声をあげた私である。


とてもセンスのいいミコちゃんであるが、これがどうしてつくられたのかと、私は首をかしげる。なぜなら彼女の環境から考えて、甘めのコンサバ系になっても少しも不思議ではないからだ。


偶然、先日、彼女のお母さまにお会いした。

「娘がいつもお世話になりまして」と声をかけてくださったお母さまは、目を見張るほどの可憐さ、慎み深さだ。色白でちょっとふっくらしていて、おっとりとした語り口調。ハンドバッグからハンカチを出して額をぬぐう。そういうしぐさがやけに色っぽくて、女性の私でもぐらっとくる。


お母さまは超お嬢さま学校を出て、若いころに結婚した。専業主婦となった今は、旦那さんと子供の面倒をとことんみているというのが全体に漂っている。だからロマンティックなワンピースが、ものすごく似合っているのだ。


あのお母さまと、このカジュアルなモード系の女のコがなかなか結びつかない。事実ミコちゃんの妹さんは、とてもブランドが好きだが、どこかしらガーリッシュなコンサバのにおいを残している。


「あなたみたいなお嬢さまって、普通エッジのファッションにならないんじゃないの」

私が尋ねたところ、彼女はこんな風に分析した。

子どものころから、親にとても厳しく育てられた。他の同級生のようにお小遣いをあまり貰えなかったので、ずうっとアルバイトをしていた。お金もない、でもおしゃれはしたい、という心が古着やデニムに向かわせたそうだ。


つまり彼女の反骨精神、ただのお嬢さまになりたくないという気持ちが、ファッションセンスを磨いたのではなかろうか。他のお嬢さまのようにブランド品を持ったり、着たりするだけの生活を、彼女は知らず知らずのうちに拒否したのだ。

その貫く強い心と美意識に私はすっかり彼女に好意を抱いてしまった。人と同じでなくてもいいという感覚、とても男性的な精神構造である。美女ほどカラッとした性格で、冒険心にとんでいる。


ミコちゃんは言う「恵美子さんのいいところは、どんなにカジュアルな服を着てもカジュアルに見えないところです」

着る人の個性が服の個性を超える例であろう。つまり、自分にないものをファッションで足すことで新しさを出すのだ。ミコちゃんの見立ては私の心を大きく突き動かした。するとお調子者の私はすぐに大作に挑みたくなる。


「決めたわ。今年はダメージデニムに挑戦するわ」ときっばり。

「やめなさい。顔にダメージがある人はダメージデニムはやめたほうがいい」と身内からひどい言葉を浴びせられた。

かわいそうな私の向上心。だけどこれでひるむような私ではない。仕事が早く終わったので、ミコちゃんと一緒にショップ巡りに出かけた。


「あ、私が前から狙っていたデニムが並んでる」ミコちゃんは興奮している。初めて名前を聞く日本のデザイナーである。

スキニーデニムパンツを手に取り、ミコちゃんは試着室に入っていった。やがて、部屋から出てきた目もあやな姿はどうだろう。デニムは、長い脚にぴったりで、信じられないほどのすらっとした脚を強調している。彼女のためにつくられたみたいで本当に素敵。そしてさすがプロ。彼女は後ろを向いて、考えられないほど細部までいろいろチェックを始めたのである。

私のように「わーい、入った。入った。これいただくわ」というのとはまるで違う。


そのときミコちゃんのヒップを見たのであるが、ふんわり丸く上にきゅっとあがっている。もう、なんて綺麗なの。デニムって、こうあるべきというお手本みたい。こんな人に着られると、お洋服もうれしいわよねえ。私は思わずため息をついた。店員さんたちも、ミコちゃんにうっとりしている。ボディを磨きたてるってこういうことなのね。そうね、おしゃれになることなのね。ごめんね、ごめんね、私なんかがデニムを履こうとしてと泣きたい気持ちをぐっとこらえる私であった。


世の趨勢としてカジュアル系ファッションが主流であるが、ガーリー系は結構いる。ときどきそうした女性が、連れ立って道を歩いていることがある。高いヒールの靴に、レースいっぱいのブラウスに花模様のフレアスカートをよく着ている。ゆえに歩き方はスローモーだ。こうした女性が三人歩いていると前を塞がれてしまうので通れない。急いでいるときなど、つい目くじらをたててしまう。


しかし、私は彼女たちを見ていると、性格のいい人たちなんだろうなあと思う。こんな夢いっぱいの服を好きな人に、悪い人はいないはずだ。恋だとか、ラブストーリーや、人の善意をきっと無邪気に信じているに違いない。こういう服をついに好きになれなった私は、きっとひねくれていたんだと思う。決して皮肉ではなしに。


ガーリー系は遺伝する。ガーリー系を着ているママって、幼い娘にも必ずガーリー系を着せている。

ファッションに精通している友人は言う「ガーリッシュな服って、女性の根本的なものを刺激するからね。娘も自分みたいに素直な女のコっぽい人になってほしいと思うのよ」

だが、娘は母のそういう好みや願いから脱皮して、自分独自のものを身につけるはずだ。母と似た人生を選ぶか、選ばないか、やがて服に表れてくる。




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