女性を元気にするものは
H氏といえば、超売れっ子のデザイナーである。天才肌でありながらとっても気さくな男性だ。私はこの方のオフィスを訪ねた。オフィスは引越ししていて、倍以上の広さになっていたが、整然としているところは同じ。ふつうデザイン事務所といえば、乱雑ときまっている。が、H氏はそんなことはしない。どうしてデザイナーの机がこんなに綺麗なんだ!と叫びたくなるほど、パソコン以外のものは何ひとつない。あまりにも美しいオフィスに、ひたすら驚く。ティッシュの箱ひとつ、置いてないのだ。
彼によると、このオフィスではどれほど片づいたままでいられるかを実験的に行ない、それがクリエーションのひとつなのだそうだ。
私のうちは整然とはほど遠い。ご存知のように、捨てられない性分なのでモノで溢れかえっている。そしてH氏に啓発された私。整理整頓は大の苦手であるが、決心して整理を始めた。まずなんとなく積んである空き箱を何とかしなきゃ。ということで、中を開けていったら、びっくり。な、なんと、買った記憶もない、タグがついたままのニットが入っているではないか。入っていてもタオル、と踏んでいた私は大喜び。
ついでにクローゼットの中も分け入ることにした。もしかしたら、ものすごいお宝があるかもしれないということの他に、もうひとつ大きな理由があった。
つい先日のこと、あるミニマリストのユーチューブ動画を見ていたら、その人は言った。
「片付けが苦手なので、少ないものですっきり暮らしているんです」
クローゼットには十着ほどの服があり、それを着回しているとか。
ということで、クローゼットの奥に眠るものたちを点検する。歳月はむごいもので、素敵なデザインのものも流行遅れになっているではないか。シンプルなジャケットは、形がそれほど変わらないと思いきや、肩や長さが微妙に古い。私は部屋着の夏ワンピースの上に、ジャケットをとっかえひっかえ着て選別していく。半分ぐらいはゴミ袋に詰められた。
驚いたのはサイズ32のパンツをみつけたことだ。はいてみたらジッパーが上がらない。本当に私はこれを着ていたんだろうか…。もっとダイエットをしようと固く心に誓う。
スーツ以外にも、シフォンのブラウスや花柄のフレアスカートなんかも見つけた。こんなもの、二年前に着てたかと思うと恥ずかしい。どういう心を持って、こんな可愛いものに手を伸ばしたのであろうか。
そして圧巻は海外で買ったとみられる、カクテルドレスであった。燃えるような赤で、胸からウエストにかけて、細かいシャーリングがほどこされているこれは、五年前に買ったものではなかろうか、まだ値札がついている。ワンピースを脱ぎ、さっそく着る。胸開きが大きすぎてかなり大胆だ。細い肩紐が色っぽい。しかし、私はこれをどこに着ていくつもりだったのか。謎が残る。
まったく服を買ったときの心境を考えると、なんだか自分がわからなくなってくるではないか。そしてクローゼットの床付近からは、インナーとギフトカードがいっぱい発見された。こんなに粗末にしていたのね。
さて、そのドレスにはなにかに合わせたい。私はサンプルセールで買った、うんと安いけどポケットがついていてかわいいミンクのストールと合わせた。あら、ま、これってハリウッド女優スタイルではないか!これを着てひとり鏡の前で踊りきる。
このコロナ禍は、私の心の中にいろいろな変化をもたらした。
それは「節約を心がける。いつ何があってもいいように身のまわりを整理する」というものだ。今はこんな情勢の世の中である。私の予測では未だかつてないほどの節約生活を強いられるはずだ。もお、前みたいに洋服にお金を使えないわ。
「これからは整理して残った服だけで、つつましく頭を使って生きていく」と宣言していた私。
それなのに、次の日にはギフトカードをバッグの奥にしまい、開店前のデパートの入り口に張りついていた。こういうのは私だけではないらしい。
私の友人は、どこにも出かけず、毎日うちにひきこもり、冷蔵庫にあるありったけのものを口に詰め込んでいたそうだ。そうしたところ、髪はバサバサ、顔はむくみ、しかも軽い“うつ”に陥ってしまったという。しかし外に行ってパーッとお買い物をすると、みるみるうちに活力は体中にみなぎって、あっという間に三キロ痩せたそうだ。こういう人は案外多い。ダイエットがうまくいく、洋服を買う。この二つぐらい女性を元気にするものがあろうか。
お金は大切であるが、素敵なものを着たり、美しいもの見たりするのはもっと大切。私はその確信を深めたのである。
お買い物は一回ごとに女性を蘇らせてくれる。反省をし、そして再生に向けて歩き出すパワーもたっぷりもらうことができるのだ。
落ち込んだときは楽しい予定を入れる。そしてそのことを考える。ATMの“残”はあんまり見ないようにする。こういう小さいことから明るい前向きな気持ちは生まれてくるのではないだろうか。
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