美しさのまとい方 ママの脳

【脳の中の赤ん坊】

あることに没頭すればするほど、脳はその仕事に多くの細胞を振りあてる。現代社会では、女性は経済的安定と自立を確保するため脳の回路は完全に仕事とキャリアに焦点を合わせるようになる。しかし生物学的事実は、私たちの最善の意図に関係なく回路をハイジャックすることがある。


多くの女性は実際に子どもを身ごもるよりもずっと前に、最初の「ママの脳」症候群を経験する。赤ちゃん欲(子どもを持ちたいという深い飢えのような思い)は、よその生まれたばかりのぷよぷよした赤ちゃんを抱いてまもなく芽生えるかもしれない。それまでは子どもにほとんど関心のなかった女性が、ふいに赤ん坊のやわらかな甘い感触と匂いに恋いこがれるようになる。


生物学的時計の針が進んでいくせいかもしれないし、仲間が産んだから私もと思うかもしれないが、本当の理由は脳が変化して、新しい現実が組みこまれたことにある。

赤ん坊の頭の甘い匂いはフェロモンが含まれていて、それが女性の脳を刺激し、オキシトシン(母性行動の発現や夫婦の絆に関係するホルモン)という愛の妙薬を産生させる。赤ちゃん欲を引き起こす化学的な反応が起こるのである。


【ママの脳への変化】

ママの脳への変化は受胎ではじまる。そうなると最もキャリア志向が強い女性の脳の回路でも、ものの考え方、感じ方、重要性が変化する。妊娠期間を通して、女性の脳は胎児と胎盤がつくりだす神経伝達物質漬けになる。

同時に、女性の脳のサイズと構造も変化する。妊娠中には思考をつかさどる部分の皮質が大きくなっていることがわかり、女性の脳の複雑さと柔軟さが明らかになった。どうして脳のサイズが変化するのか、研究ではまだわかっていないが、大々的な脳の再構築と代謝の変化が進行していることを示すと考えられており、脳細胞が減少するわけではない。


ママの脳は出産と同時にスイッチが入って、オキシトシンの瀑布に包まれる。いつ生まれてもいいように十分に発育した胎児から発せられる合図によって、妊娠中の女性のプロゲステロンレベルはいきなり急降下し、脳にも身体にもオキシトシンの波が打ち寄せて、子宮が収縮しはじめる。赤ん坊の頭が産道を下がるにつれて、脳ではさらにオキシトシンが爆発的に増加し、新たな受容体が活性化して、何千もの新しい神経細胞のつながりをつくりだす。


産後は恍惚とし、しかも聴覚、触覚、視覚、嗅覚はきわめて敏感に研ぎすまされていく。赤ん坊の肌にふれ、小さな指やつま先を見つめ、短い叫び声やあえぎを聞く。そのすべてが脳に刻みこまれる。何時間か何日か経つと、もう何がなんでもこの子を守ろうという母親の攻撃性が発動する。この小さな存在を守り育てようという決意と意欲が脳の回路を完全に支配するのだ。おそらく女性の一生のなかで最大の変化だろう。母親の脳の回路は、他の面でも変化する。母親は出産経験のない女性に比べて空間記憶に優れ、より柔軟で適応力があり、勇敢である。これらはみな赤ん坊を追尾し守るために必要な能力と才能だ。


【パパの脳で起こること】

未来のパパも、ほぼ妊娠中の配偶者と同様のホルモンと脳の変化を経験する。出産前の何週間かに父親のプロラクチン(育児と母乳分泌のホルモン)のレベルが20%上昇することが分かっている。同時にストレスホルモンであるコルチゾールも倍増し、注意力が上がって敏感になる。それから出産後の何週間かで、男性のテストステロンは3分の1も低下し、エストロゲンレベルが通常より上がる。このようなホルモンの変化は、無力な子どもとの感情的な絆をつくための準備だ。


テストステロンは、男性の場合と同じく女性でも母性的行動を抑制する。実際にテストステロン(男性ホルモン)レベルの低い男性は、赤ん坊の泣き声をよく聞きとる。ただし母親ほどではなく、たとえば赤ん坊がむずかっているときには母親ほど機敏に反応しないが、赤ん坊の悲鳴に対しては同じくらいすばやく反応する。この時期、男性のテストステロンレベルの低下によって、性的衝動も減少する。


妊娠中の女性が産生するフェロモンが配偶者に神経化学的変化を引き起こし、子煩悩な父親をつくりあげて、匂いを通じて密かに母親の脳が持つ特別な育児メカニズムの一部を装備させるのではないかと考えられている。



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