美容ファースト男子

私の知り合いに美男子がいる。どれぐらい美男子かというと、彼は子供のころに日本女子の心を掴んで離さない美少年集団に所属していたのである。そう、ジャニーさんのところの子だったのだ。

その後、彼は容姿端麗というレールを踏み外すことなく見事な美男子へと成長を遂げた。つまりイケメンなんて言葉、軽く思えるほどの正真正銘の美形。稀有な人なのだ。


以前彼と二人でいるところを知り合いに目撃されたことがあった。このことは私の周りで一気に広がりパニックとなった。すっかり図にのった私は、さらに疑惑を深めようと「彼とは仲良くさせてもらっているの」と自分でぺらぺらと言いふらしたが、一毫たりとも騒ぎにならなかった(当たり前か)


この種の男性は美意識が高く美に対して峻烈である。

以前高名な学者の方がおっしゃっていた。人には不細工感情というものがあって、不細工に生まれた人ほど自分に対して自分が選んだのだからこれで間違いないと思いたいという指令が脳から出るそうだ。反対に今よりキレイになりたい、変わりたいと考える人は美しく生まれたということであり、美しい人にとっては自然な願望だという。

もともと美しい人が年齢を重ねるごとに美しさが増していく所以は実はここにあるのだ。彼もその例にもれることなく美容ファースト男子のひとりである。


彼と初めて会ったときの話である。

「恵美子さんはどこの美容クリニックに行かれているのですか」私の美貌に驚いた(多分)彼は尋ねた。

「ノークリニック」とまず一発かましをいれたところ、彼は神様が隅から隅まで注意深くおつくりになった顔で「そのからくりを教えてください」と言ってきた。

からくりという言葉が少々引っかかったが、本来の講師魂がむくむくと頭をもたげる。

「いい、美しくあり続けるにはかみしめなければならない原則があるのよ。まずは、、、」なんと私は、そういうことを30分以上しゃべり続けていたのである。

啓発された彼はその直後から私のことを″恵美ネエさん"と呼んでいる。

″美″が接着剤のような役割を果たして、私たちはこのところよくツルんでいる。


そんなある日、私は彼と食事をするためレストランへ出かけた。この夜は、食事のあとにメインイベントが待っている。なんと、銀座の超高級クラブへご相伴にあずかるのである。

いつもながら彼は小鳥のようにほんのちょっぴりしか食べない。その代わり食事中ずーっと喋っている。

やさしい私は「ふむ、ふむ」とうなずきながら彼の分までたらふく食べて、たらふく飲む役に専念する。

彼は私に会うと毎回日常の出来事をこと細かに話す。が、全く不思議なことがある。彼は女性関係の話を全くといっていいぐらいしないのである。

美人が多いことで知られる私の生徒さん。お節介のひっつけ屋である私はこの彼と生徒さんの誰かをひっつけようと水面下でコソコソと動く。

「彼女に料理をつくってあげたりするの」さっそく調査に入る私。

「男友達で集まってワイワイするのが好きなので、男友達にはつくるよ」

「このお店とっても素敵ね、デートで使ったりするの」探るような目になってしまう私。

「この店は会社の社員たちを連れてきたことがあるよ」

「ふうーん」決して口を割らない。いや、失礼。実に上手くはぐらかす。

私はピンときた。やはりそうであったか。モテる人というのは、自分の恋愛話を人にしない。知り合いや友達くらいの間柄にはしない。一緒に旅行に行くぐらいの仲にならないとモテる人の冒険譚は聞けないのだ。そしてモテる人のモテ話というのは、人から人へとコソコソ漏れるように伝わっていくものである。

彼は生まれてから今までずっとモテにモテ、あらゆる女性を掌中におさめてきたのであろう。いつも繁盛している男なのだ。


それにしても今日の彼は銀座へ行くとあってかなりおしゃれをしていてオーラ全開である。

着る人を選ぶ服というのは、この世にいくらでも存在する。彼はファッションへのアンテナも感度良好で、自分が着るべき服をよく知っている。こんな人に着られたら、デザイナーさんはどんなに幸せかと思うほどだ。が、この気合が裏目にでる。こんなおしゃれな店で目立つ席に座っているため目立つことといったらない。

このひたひたと押し寄せるものは何だろう?そう、いつもの女性たちからの熱視線の波ではなかろうか。

これまでも私はマネージャーと化して必死で彼をガードしてきた。しかし今日は何だかビックウェーブが起こりそうな予感がよぎる。もう私だけじゃガード出来ないかもしれない。

彼にはこれから中東の人みたいに布を覆ってきてもらわなくてはならないわね。心配になって次の一手を考える私。

「ところでさあ、もうダイエットやめたんだね」彼はたまりかねたように言った。

「いいえ、なんで?」箸が進む私。

「食べてるときの顔がちょっと真剣すぎるかも」彼はやんわりと忠告した。

私の顔色が変わった。あたりから白々とした視線がさざ波のように伝わってくる。いろいろな人がコソコソ言っているのがわかる。

「ほら、みて、まるで大食い選手権に出てくるフードファイターみたいよ」という冷たいひと言。

私ぐらい食べっぷりのいい女は、ちょっといないと思うぐらい私はよく食べる。女っぷりは難航しているが、食べっぷりは着々と実力をつけているようだ。

これじゃ美と品性を売り物にしている(初耳です)私にとって大打撃ではなかろうか。

私はハンカチで顔を覆い、お腹いっぱいのあまり"く″の字に体を曲げて周りの人を突き飛ばすようにして店の出口に急いだ。


わーんと私はベソをかきながら、銀座の街を歩く。

がっくり肩を落とした私の肩を彼は叩いて一生懸命慰め、励まし続ける。なんの企みもない彼の真っ直ぐな気持ちは私の心をうった。

なんて心のキレイな人であろうか。慎み深いふるまい、婉曲な言い回し、雅びの纏い方。つまるところ、若い人には良さがわからないかもしれない高貴さがあるのだ。

心がけの悪い私にとってそんな彼の存在は眩しい。

ノーブルな魅力は彼の長い長い脚から、そしてそのてっぺんにこれまた信じられないぐらい小さな綺麗な顔からも滲み出ている。それは体よりもっと奥の深い深いところから滲み出しているのだ。

そしてそれは隅々までうーんと綺麗に磨き上げられた体の表面で化学反応を起こし、不思議な光線となる。この光線は一瞬で人の心を捕らえて、一目惚れの気持ちへと変化させる力がある。これをオーラという。この光線は体表面と体の奥の方のどちらか一方でもおざなりになるとたちまち色あせる。

彼の頭の中には「手を抜く」とか、「ゆえあってダサくする」などという言葉はないのであろう。私の五感はいかなるときも眩しいほどの輝きを放っている彼のオーラに引きつけられる。

彼は目先の快楽と、キレイなままでいるというたしなみを両立させるのが誠に上手い。

不思議なことに、外見から受ける印象との意外性というのはそう珍重されないのだ。

かくして美しく生まれた人はそのように生きていかなければならない義務があるのだ。


彼には私を緊張させて欲しい。自戒の念を起こさせて欲しい。もっと美的感覚を刺激して欲しい。これからも私の限界を引き上げてくれる存在であって欲しい。

そしてキレイになりたいが過ぎる私は切磋琢磨する。私はこの私で結果を残してもらわないと困るのだ。


この後続きあります。

Botanical Muse

貴方だけの綺麗のたしなみを身につけ、美的なものを楽しむことを知っている人になりましょう。

0コメント

  • 1000 / 1000