美しさのまとい方 エストロゲンと食欲
日頃我々は自身の健康維持や長寿に対する関心は高いが、生殖機能の重要性を実感することはそれほど多くない。我々の身体は生殖の円滑な営みを請け負うエストロゲンにより直接、間接に影響されていることを自覚することで、自身の健康に対する見方も変わってくると思われる。
【エストロゲンは健康の陰の主役である】
生殖とは卵巣、子宮、乳腺などいわゆる生殖関連臓器以外に呼吸、循環、糖や脂質代謝、あるいは脳神経機能、行動など個体のあらゆる機能を動員した総合的な仕事を担っている。
エストロゲンはコレステロールを原料として合成されている。それはアロマターゼと呼ばれる酵素により、男性ホルモンであるアンドロゲンから作られる。卵巣以外にも脳、乳腺、肝臓、脂肪組織、皮膚、骨、子宮などの多くの組織にもアロマターゼが存在し、そこでエストロゲンが産生されている。血中に存在するエストロゲンは主に卵巣で作られたものである。一方、卵巣以外で作られるエストロゲンは血中へは移行しないが、移行してもわずかであり、これらの組織内でのみ作用する。
【エストロゲンは食欲を低下させる】
エストロゲンは食欲を抑える作用があり、エストロゲン分泌が高まる発情期には食欲が落ち、排卵期にはカロリー摂取量が減る。
なお食欲の調節系は性差がある。女性ではエストロゲンが低下すると食欲が増すが、男性では男性ホルモンが低下すると食欲は低下する。
閉経後はエストロゲンが低下する50歳前半の女性では、まだ月経がある女性と比較すると、閉経を迎えた女性の方が肥満の割合は高まる。なお閉経後女性にエストロゲンを補充すると、体重の増加は鈍化するという報告がある。ただエストロゲンの補充が食欲の低下をきたすことで体重を抑えるのか、あるいはエストロゲンが脂肪組織に働いて、その分解を高めることによるのかは不明である。
【エストロゲンは脳に作用して食欲を調節する】
エストロゲンは脳の視床下部に存在する食欲を調節する中枢に作用し、食欲亢進因子を抑制したり、抑制因子の作用を増強させるなど、摂食量に影響させると考えられる。脳内には食欲を亢進する、あるいは抑制する物質が多数存在している。
エストロゲンによる食欲の調節には、消化管から出るホルモンも関係している。例えば食事により小腸の粘膜からコレシストキニンという消化管ホルモンが分泌される。コレシストキニンは腸管に作用して、そこから脳に向かう迷走神経を刺激する。その結果、食欲が満たされ摂食が抑えられる。エストロゲンはコレシストキニンの食欲抑制作用を増強するという作用も知られている。さらに胃で作られるグレリンというホルモンは、脳に作用して食欲を高める。エストロゲンはグレリンの作用を弱めることで食欲を低下させるという機序もある。
食欲を調整する物質の多くは、性機能の調節因子でもあり、摂食行動と性機能とは密接に関連している。両者の巧妙なバランスは、エストロゲンにより制御されている。
【女性が甘いものを好む味覚とエストロゲンとの関係性】
一般に女性は男性と比べケーキ、チョコレート、アイスクリームなど甘いものを好む。文化的、社会的に男女の嗜好が定められてきたことも関係しているだろう。
しかし生物学的にも味覚に関する性差はある。動物でも甘いものに対する好みは、オスよりはメスのほうが強いといわれている。甘いものは糖分が多く含まれている。妊娠前、妊娠中や授乳時には十分な糖分の摂取が必要であり、女性が甘いものを好むのは、生殖における男女の役割を考えると合理的といえる。
味覚に対する好みは子宮内の環境で決まる。つまり、子宮内で男性ホルモンに曝露されると脳は男性型に分化する。男性ホルモンがないと女性型となり、女性型の脳は甘いものを好むようになると思われる。男性ホルモンへの曝露が比較的軽い男性は、十分曝露された男性に比べ、甘いものを好む傾向があることが確認されている。
ヒトでは月経周期のどの時期にあるかによっても、甘味に対する好みが変化する。
排卵前にはエストロゲン分泌が最も亢進するが、特に砂糖の主成分であるショ糖を摂りたくなる。それ以外の時期は男性並みの嗜好である。なお男性では嗜好の変動はみられない。
さらにヒトでは空腹のために身体が求める甘味は米などの穀物の甘みで、欲のために求める甘味は砂糖といわれている。人生に甘美な体験がほとんどないヒトは実際に砂糖を使った甘いものを食べ過ぎてばかりいる。ストレスによる一種の禁断症状が起こる。
また塩辛いものに対する好みも性ステロイドホルモンの影響がある。エストロゲンが分泌されている時期(月経後から排卵まで)には、比較的塩辛いスナックを好み、排卵後、黄体ホルモンが分泌されると、塩味を避ける傾向がみられる。一方男性は一般的にやや塩辛いものを好む傾向がある。
【食物中にもエストロゲンがある】
さまざまな食物にもエストロゲンが含まれている。例えば肉や牛乳、あるいは大豆製品である豆腐、納豆、みそなどである。この他多くの野菜、果物、穀物などに様々なエストロゲン様物質が含まれている。日常摂取する食物中のエストロゲン(ヒトが作る活性の高いエストロゲンであるエストラジオールとエストロンに限る)の60~70%は、牛乳やチーズ、バター、ヨーグルトなどの乳製品に含まれているエストロゲンである。なお植物エストロゲンは、動物に存在するエストロゲンとはかなり異なった性質であり、同列に扱うわけにはいかない。
飲食によりエストロゲンを摂取したとき腸から吸収されるのはその一部である。また吸収されると、すぐに肝臓に移行するが、エストロゲンの大部分は肝臓で不活化される。そのため仮に相当量のエストロゲンを経口摂取しても全身の組織へ影響しうるエストロゲンは微量となる。また乳牛は牧草を食べているため、牛乳中には植物エストロゲンも相当量含んでいる。植物エストロゲンは動物が作るエストロゲンとともに存在すると、後者の作用を一部打ち消すように働くため、実際にはトータルとしてのエストロゲン活性の評価は困難である。
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