女の解禁日

天の水がすべて地上に降りてくる梅雨が明けた。私も心を入れ替えなくてはいけない。私の“二の腕横綱問題”はとうにお話したとおりだ。

「それで、恵美子さん、いったいどのぐらい体重が増えたんですか」Aちゃんは詰め寄る。

「痩せてから計ろうと思っていた」というのは矛盾する考え方だと思うが、デブの人にはわかってもらえると思うわ。


ここで私のことを見捨てないのがAちゃんの優しいところ。自宅のトレーニングルームを貸してくれると言うのだ。そしてAちゃんの一族専用のトレーニングの先生を紹介してもらった私。はっきり言ってものすごくお高い。目をむくような料金だ。うちの経済レベルだと、私の母には「駅前のスポーツクラブでいいじゃない」なんて言われる。

私は怒鳴った「仕方ないでしょう。この美貌と若さを保つのにはお金がかかるんだから」


それでこんだけ食べていれば世話はない。お鮨を食べた。日本酒がおいしかった。茶碗蒸しも死ぬほどおいしかった。中華を食べた。紹興酒がおいしかった。さらに悪い事態が待っていた。行った先々で、やたらご馳走してくれるのである。友人の家に行ったら、お好み焼きを出してくれた。中に大きなお餅が二個入っていた。もちろん全部食べた。果物もどんどん出してくれる。全部食べた。家でみんなが集まったときに、知人がチーズケーキとシフォンケーキを焼いてきてくれた。これも全部たいらげた。

「だって、せっかくつくってくれたのに、残すの悪いんだもん」この言い訳をとなえながら、タガがはずれたように食べ続ける私。


その日、東京はすごい風が吹き渡っていた。集中豪雨のようなありさまになり、Aちゃんのお宅までいけないかと思ったぐらいである。

大きな声でごねる私「体重計にのらなくてはならないしさ、雨はざーざー降ってくるしさ」

そのたびに傍にいた仲間たちからの叱責がとんだ。女が一度やろうと決めたことを中断することは最低というのだ。


また太ったのかしら、トレーニングウェアがきつく感じるわ。

「トレーナーの先生はものすごいイケメンですから、びっくりしないでくださいね」とAちゃんは言うが話半分に聞いていた。

「こんにちは」という声とともにトレーニングルームの扉が開き、そこには鼻が高くてハーフっぽい顔をした青年が立っていた。礼儀正しく、浮ついたところがなくなんとも好ましい。私の男性リストの中でもトップレベルの美男子である。

「どちらのお国ですか」と聞くと「青森県です」と形いい唇を動かして答える彼。

どうやったら、長いもとりんごでこんな顔になるのだろうか。不思議でたまらない。


ハンサムのうえに無駄なものが何ひとつついていないアポローンのような体に、私は口をあけてただ驚くばかり。その外見からは体内のすみずみまでに、栄養満点の血液と清らかな水が巡っていることがすぐにわかった。目の前のこと研ぎ澄まされたピッカピカの肢体を見ていると、私、もう気が遠くなりそう、、、。


先生の前でいよいよ体重計にのった。

「ギャ~~ッ!」この三年間で最高値を記録したのである。Aちゃんの目はその数値を鋭く射抜く。つまり私は、Aちゃんに弱みをしっかり握られているわけだ。が、私は落ち込まない方法を考えた。一の単位以下を切り捨てて、それが自分の体重だと思い込むことである。そして今日から頑張るのだ。


ストレッチから始まって一時間半、みっちりとトレーニングをつけてくれた。トレーニングの中に、ダンスの要素を取り入れてくれるのだが、それが楽しい。

先生は言う「こんなにリズム感がいい人はちょっといないですよ」

実はダンスが好きで、私はクラブにも足繁く通っていた。クラブで踊っていた頃は、才能は眠っていたに違いない。私の夢はふくらむ。すっかり得意になり、ムキになって踊る。若干、場が荒れた。


ボディは私の作品。すると見よ。わずか一回のトレーニングで肌は光沢がでて、全身のむくみがとれたではないか。なんと愛いコであろう。ボディというのは、ちゃんとこちらがしたことに対して応えてくれる。


トレーニング後シャワーを浴びて、先生と話をしていると、Aちゃんのお母さまが帰宅された。両脇には当然、従う男性がふたりいて、両手いっぱいに紙袋を持っている。その美貌に目を見張った。誰もが羨むオーラに包まれているのである。とにかく匂い立つばかりの美しさなのだ。


シンプルな黒いリネンのロングワンピースは肩がむき出しになっている。そこにラベンダー色のストールをまいているのがなんともカッコいい。髪はふんわりアップ。手元のシルバーアクセサリーと、キュートな感じの眼鏡で、エレガンスをちょっと崩し、自分のものにしているのはさすがである。メイクもナチュラルだけれども、美しい素肌を生かすように丁寧なものだ。偏光パールが眩しいグレージュネイルも完璧であった。


私はつくづくと思った。“美女はいかなるときも手を抜かない”

強風だろうと、大雨だろうと、暑かろうと、いつものレベルは保つ。人々の視線はしっかり受け止める。これができるというのは、やはり生まれ育ちもよく、しかも、自分を律することができる人ではないだろうか。


「あら、いらしてたの」お母さまは私たちを見つけて傍に来た。私は立ち上がってあいさつする。

お母さまは先生に私の話を始めた「娘のお友達でお太りになられた方がいるのね、二の腕がかなりキテるの、先生、今度みてもらえませんか」

となりでスイカにかぶりつくすっぴんの私は、見知らぬただのおばさんだと見られたのである。

この後、続きあります。

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