超絶美女と並ぶ

少し前の話になる。陽射しが初夏に変わったある日、真夏にそなえて私は着々と準備をすすめた。

もういいトシになったことだし、水着になる自信と体型は、はるか遠くにうち捨てている。今年の夏は仕事にうちこんでじっと通りすぎるのを待とう。なるべく外界を見ないようにすれば、日に焼けた少女だとか、恋の話にも、そう腹をたつこともないのではないだろうか。と、ひとりで納得していたのであるが、私の心の中に残っていたわずかばかりの向上心が、こうささやいたのだ。


「投げちゃダメ。今年の夏はたった一回きりなのよ。気をとり直してガンバらなくちゃ。今からなら間に合うわよ」

本当にそうだと思った。

「夏をあきらめようとすることは、青春をあきらめようとすることだ」

これは私がたった今つくった格言だが、夏なんてどうでもイイヤと思いはじめたときから、女性の老化は始まってしまうような気がする。


そんな折も折、長く友達づき合いをしているOさんから夜遊びのお誘いがあった。Oさんは男性としての遺伝子が、普通の人より一本多い。これは何ていおうか、オスの本能そのままに生きているっていう感じだ。インテリの上になかなかのイケメンだから、当然のことながら昔から大層女性にモテる。合コンにもせっせと出て、遊びまくってきた。もちろん今まで相当深刻なことになったことが何度もあるが、そんなことに構う様子はまるっきりない。恋をすることで、自分の存在を確かめようとしてるかのようだ。


夜遊びの相手にOさんぐらい適した男性はいない。女性だったら誰でもそうであろうが、店のドアを明け、中に進んでいくときは緊張しているものだ。みんなちらりと連れを眺めていく。仕事の流れで野暮ったい男の人と一緒のときなんか、私は泣きたくなってくる。


「違うのよ、この男の人は何の関係もないのよ。たまたま今まで一緒だったから、ここに来ただけよ」と拡声器で叫びたい気分だ。

が、Oさんは容姿、雰囲気共に文句ない。外国生活が長いから身のこなしがスマートだし、女性を喜ばせるちょっとしたコツを知っている、というよりもそういうことを自然にできる男性なのである。


そのOさんが、女優のBさんとディナーをするから一緒に来ないかと言うのだ。さすがOさん、聡明な選択である。超美人のBさんと飲んだりすると、世の中のねたみ、そねみを受けることになる。そこに私をいれて中和させようということだ。友達も呼んでいいということだったので、私は可愛い妹分Aちゃんを誘った。こういうとき、美女を誘うのはマナーというものであろう。


Bさんには一度会ったことがあるが、その美しいこと。神さまがうんと注意深くつくり上げたものを、本人がさらに努力して磨きをかけているのだからすごい。肌もピカピカ、ネイルも完璧。洋服も髪型も今っぽくきまっていて隙ひとつなかった。


超絶美女とご一緒できるなんて贅沢このうえない。神さまからの贈りものだ。期待がとてもつのる私である。とにかく私はかなり気を入れておしゃれしようと身を震わせた。が、鏡をみてガクゼンとする。三年前からズルズルと着ている黒いワンピースには毛玉と猫の毛がこびりついているのだ。


私は自分の近い未来を想像する。近所のご婦人からは「昔はそれは可愛いお嬢さんだったのにね」と噂され、通学途中の小学生からは「猫オバさん」とあだ名をつけられる。ゴムのゆるんだスカートにくしゃくしゃの髪をして、猫を多頭飼育する老嬢になるのはほぼ確実のようだ。


まずい。非常にまずい。しかも今夜の相手は美女の中の美女Bさんである。百メートル競走で、最初から五十メートル離されているのに、さらに二十メートル差がついたようなものだ。

もちろん天下の美女Bさんと勝負しようなんて、これっぽっちも思っていない。私だけなら“個性的”とか言ってくれる人もいる。けれども並ぶからには、そうみじめなことはしたくないと思うの。「こうも違うものか」と思ったとしたら、あまりにも悲しい。我ながら醜いと思う。


けれども反省ばかりしてはいられない。こうしている間にも、口角は下がり、目の周りの小ジワは増えていく。不機嫌になったり、思い悩んだりすると、顔の下がるスピードはどんどん早くなっていくそうである。できるだけ楽しいことを考えなくてはならない。


鏡の前でいろいろ研究した結果、私は突然ガーリーになる。グリッター素材のプリーツの上にチュールのせたミモレ丈のスカートをコーディネートの主役に、トップスはシンプルなニットに、足元はバレエシューズを組み合わせた。そして私には秘密兵器がある。それはバーゲンではなく定価で買ったヘッドアクセサリーだ。洋のレストランの照明の下、パールの照りが大人の女性の肌をとても美しくみせてくれるのである。私はそれを手に取り、Aちゃんのお宅へ向かった。


美女との夜会はまたレポートします。



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