大夜会の前に

それにしても相変わらず、超絶美少女のAちゃんである。私の前にAちゃんが降臨した日のことを幾久しく忘れない。私は息がとまるぐらい驚いた。世の中にこんなにキレイなコがいるのだろうか、、、。


陶器のような真白い肌に、オリーブ色の吸い込まれそうな大きな瞳を持ち、ピンク色の頬、唇もこれまた完璧にピンク色。まばたきするたびに、長く濃いまつ毛がバサッと鳥のような音をたてる。

少女漫画から抜け出してきたようなという表現はよく使われるけれど、このコって昔の少女小説のさし絵だ。宙をただよって消えてゆくシャボン玉のような可憐な美しさに溢れていた。


Aちゃんはかなり明るく髪を染め、流行を意識したをメイクをしている。これが世の中をちゃんとわかっていると感じだ。この日は前からだとレースのワンピースだが、後ろからみるとカーキーのショートパンツという装いでおしゃれにも関心が深い。大胆なぐらいの左右非対称のピアスが斬新な服を一層際立たせていた。

あまりの高揚感に一瞬声失う私である。“見惚れる”という実感をこれほど持てる女性はそういないのではなかろうか。つまるところおしゃれから魔法を生み出しているのである。


「ヘアーセットは私がしますから、うちに寄ってください」私よりかなり年下であるが、姉のように献身的につくしてくれるAちゃん。

私は髪が多いうえ太いのが本当に悩みである。どのくらい太いかといえば、ある時、太いのを抜いたらぴんと立ったので友人に見せたところ「それ、人間の毛?、、、」とこわごわと聞かれたほどだ。

「ありがとう。これで私も、女優のBさんみたいな美人になれるかも」

ふっふっとAちゃんはこの世におつかいに来た天使のように笑う。これがまた愛らしい。


「ごやっかいかけます」

木目調のドアを渡った応接室はイノセントな静けさに終始していた。グランドピアノがあり、広々としていてちょっとしたコンサートもできそうだ。

「恵美子さん、顔色が良くないですよ。セットの前に軽くマッサージしますね」

私を美女に仕立て上げるためにAちゃんは心血を注いでくれる。いじらしくなるほどの優しさをもって、気働きができる女性なのだ。うるさ方のオジさんなども彼女に対しては手放しの誉めようであったと記憶している。


そんなわけでソファーに腰かけて、マッサージが始まったのであるが、もう、気持ちいいったらありゃしない。私は口開けてヨダレを垂らし、自分のイビキで目が覚めた。

鏡に映してみる。襟足に寄り添うヘッドアクセサリーがピュアな風を運んできていた。今日のガーリーファッションに見事なまでにマッチしている。イメージとしては“オペラ座を夢みるバレエ少女”っていうところかしら。やっぱり美人というのは、指先からも美を紡ぎだすのね。


パッと身を正す。私の体は次の瞬間スカートのチュールをはためかせて、ひとり踊りだしている。これは私の骨身にしみついている、いわば性のようなものだ。こういうとき、嫌な顔をしないで、私のダンスに合わせてピアノを演奏してくれるAちゃん。私はAちゃんのこういうところが好きなのだ。


鍵盤がふとやわらかくなり、ピアニストの指をぐにゃりと受け入れる。バレリーナの肉体が、まるで奇跡のように美しい形をつくり出す。そしていつのまにか、感嘆が芸術の深みを味わう感動に変わっていく、、、。


「どう?私のダンス」私は誉めてもらうつもりで、お手伝いさんの前に立った。

そしたら彼女「コワいけど、上手いです」

私の期待していた誉め言葉とはちょっと違ったけれど、誉められたことには変わりない。私はすっかりその気になってしまった。軽薄な私はすぐに次のステージへ挑みたくなる。


「大人のバレエ教室へ通おうかしら」

Aちゃんがはっきりとした口調で「やめた方がいいと思います」と言った。

なおも重ねて、あけすけに言う「今のままだとレオタードが着られないでしょう」

夏の誓い、人さまに迷惑をかける服装はやめる。


この年になって私はづくづくわかった。誉めてくれる人と叱ってくれる人、このバランスがとれてなくては、女性は動かない。よーし、頑張ろうと握りこぶしを震わせないものだ。

センスある友のファッションを見ながら、化粧ポーチを盗み見しながら、私は今日も行く。私が“イケている”と言われる日は、いつくるのだろうか。


続きあります。



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