美女礼讃
有名文化人がデイトしていた。いいなあ、こういう華やかな夜。そのお店は、少し前から東京人の話題を独り占めしている。
やや遅れてOさんが登場。この人はあらゆる女性を掌中におさめてきた色男である。
「好きなものを頼みな」
彼の声は思っていたよりも低く通る声であった。語尾の“な”に、何ともいえない甘い響きがあった。世の中には、女性に対して特殊な情熱を持つ男性がいる。たいていの男性は、その情熱を現実にすることができないが、ごくたまに特殊の才をもって自分のとおり生きる男性がいるのだ。
高めの女性を落とせる本当の色男というのは「心にもないことを心から言える人」だと私は見聴きしている。男性のフェロモンって雰囲気だけではない。会った後で「あの人こんなこと言ってたなあ」と相手に思い出させるような印象に残るひと言も影響するのだ。
まず手始めにBさんは形があってないような、まるで香りのような“気配美”をホワッと漂わせた。自分がどんなに恋に向いている女性かというパフォーマンスを彼女は示すわけである。
「Oさんって、やっぱりハンサムね、特に唇がいいのよね」
「そうかな」照れて答えるOさん。
「そうよぉ、その厚い唇、なかなかセクシーよ。女の人にもよく言われるでしょう」
「言われないよ」とOさんは言っていたが、その顔はみるみる輝きだした。
Bさんの飲んでいるグラスを、断らずひょいと取り上げて口につけるOさん。おまけに自分の注文したバーボンを、ちょっと飲んでみてとBさんに差し出す。グラスを共有する、というのは、それだけでかなりドキドキする経験ではなかろうか。
二人の気持ちがテーブルの上でパッとはじけるのを私は口開けて見てたの。そう、もう長いこと忘れていたけれども、恋の始まりってこんな感じだったわよね。
Bさんが化粧室に立っているときのことである。Bさんの特性を、Oさんは一発で見抜いていた。
「モテる女にも二種類いる。遊んでいる男がオトシたい女と、遊んでない男がオトシたい女がいるけど、Bさんって、絶対に前者の方だよな。Mの皮をかぶったS女だよ」
ほんと、そうだ。一流クラブのママだとか、モテる女性と呼ばれる友人たちを観察していると、SとMの加減が実に素晴らしい。男性たちをからかい、時にちょっぴり持ち上げ、じわじわといじめていくテクニックはホレボレするほどだ。そもそも魔性の女って、男性を優しく甘やかしたり、冷たく突き放したりするかね合いが天才的にうまい人たちだ。
男性に対するひたむきな愛情、一見、従順にみえながらも「嫌なことは絶対に嫌」と言い放つ潔癖さは、Bさんを非常に魅力的なヒロインにしている。私たちは恋愛を、呼吸をするようなごく当たり前のことと思っているが、こういう女性と相思相愛になるということは、宝くじにあたったようなものであろう。本人は否定していたが、男性はトロトロになってしまうはずだ。
その男性というのは、そこらへんに転がっている男性ではない。十分に思慮があって、しかもうーんといい男でないと話はおもしろくないのだ。聞けば聞くほど、魔性の女というのはおもしろそうではないか。
レストランの薄暗い照明の下、Bさんの顔が浮かび上がる。神さまがエコヒイキして、特別に念入りにつくったという感じであろうか。キレイなんてもんじゃない。
同席していた男友だちは隙を見てBさんの肩に時々触れたりする。わかるわ、その気持ち。肩のサイズも、首の細さも男の人の腕を持っているようなはかなさ。色っぽいというより、ただただ美しい。女性はやっぱりこうでなきゃね。
ああ、美しい、、、。私、もう気が遠くなりそう。もう冷静にBさんを見られないような気がする、などと思いながらBさんの隣りに居続ける私である。
次第にお店にいた男の人たちも、Bさんの方をちらりちらりと見る。ものすごく鋭くイヤらしい目でこっちを見る。美人を見ると男性は失礼なぐらいじろじろと見るのだ。
しかし、私はすまない気分になる。座高の高い私によってBさんがすべて遮られてしまう。肝心のBさんに届かないのだ。
ちなみに「わー、素敵。一緒に写真撮ってえー」とか何とか言って、はしゃいでBさんと二人で写真を撮ったところ、私の顔は二倍の大きさのうえに真黒ではないか。わーん。撮り直してもらい、私は五十センチ後ろに下がった。しかしまだ大きかった。
「ねえ、私は遊んでいる男と遊んでない男のどっちがオトシたいと思うの」帰りのタクシーの中でOさんに尋ねたところ、
「いあー、僕は僕なりの感想もあるけれど、世間一般のそれと大きく違いそうだから言うのははばかれる」ときたもんだ。私がムッとしたのは言うまでもない。
私は自分の人生を考えあぐねる。何もなくカラッと明るく過ごすより、男性のことでジメッとしていたい。そのためには心臓をかたかたとならされるような、たくさんの色男の甘い言葉が必要である。こういう風に欲張りの女性に、私はなりたい。
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