トップからのお誘い

けなげな私はダイエットを続けている。コツコツ頑張っているのにちっとも痩せないではないか。ダイエットをやっているとき、必ずといっていいほど訪れる停滞期である。

なんとかしてくれー。と天を仰いていると前回お話した文句なしの"モテ女″である彼女から連絡があった。

最近知り合った人たちと食事会をするらしくその誘いだ。私は史上一番の記録を打ち出し心も体も重い日々を送っている現状を伝えきっぱりとお断りした。

「でも食事会まであとひと月もありますよ。十分痩せれますよ」彼女は臆することなく声を弾ませて言う。

思えば色々と追い込まれたとき、彼女の大らかでおっとりとした性格に私はどれだけ救われたことだろうか。出口のない私の話をずっと聞いてくれて励ましてくれる。洗練されたいい女というのは、他人にはひどくおっとりしているものだ。この性質をもった美女は名家の御曹司にモテる。私が得た真実である。

「あのね、ダイエットは恋と同じぐらいセオリー通りにはいかないものなのよ」と知ったような口を利く私。

「ごめんなさい。今回はご遠慮するわ」私の意志は固い。

健康は普通でいることで手に入るが、美しくいることは普通以上のことをしないと手に入らない。意識が普通以上にあることが美意識があるということである。お金持ちや成功者に見た目を気にする人が多く、美意識が高い人が多いのは、常に普通以上、当たり前以上の生活を心がけているからである。この享楽的な風貌で美意識が高いトップの人たちの前に登場できるはずがない。

今度は困惑したような口調で言った。「先方に恵美子さんのことを話したら、ぜひその″美人講師"とご一緒したいっていわれているんですよ、、、」″美人講師"というワードが嬉しくて私はその場で「行きます！」と返事をした。

「恵美子さんなら絶対痩せれますよ」熱っぽい一言で話は締めくくられた。

そう、そうよね。そう言われるとだんだんその気になってきた。私の中に大きな力がみなぎってきたのである。

一か月後には、スラリとした肉体をもった″美人講師"が誕生するのではなかろうか。

私はハタと気づく。私は彼女の実力を見くびっていた。無邪気過ぎる私はすっかり手なずけられているではないか。

もうこうなったら女に二言はない。そう、美人過ぎる講師（もうそういうことになっている）の私は美しくあらねばならない。

そんなわけで知恵を絞る。私は彼女のように色気は飛ばさない（いや、飛ばせない）その代わり光線を発することにしよう。そう、女優さんが使う技である。全身からキラキラ光線を出して、それにいろいろな男たちが寄ってたかってくる（はずである）

食事会が開かれるレストランの照明をネットでチェックする。この照明の光を肌に集めるベースメイクを頭の中で考える。一方、服は光をはじいてくれる生地のものでなくてはならない。レフ板効果を狙うのだ。

クローゼットの扉を開き最近購入した服を鏡の前でとっかえひっかえ着てみる。

そこに映っていたのは、なんとベテランオネエではないか。むくむくと太ったおばさん体型をごまかすためエッジの効き過ぎた服にしがみついていた結果、私はベテランオネエへと変貌を遂げていたのである。オネエのダンスショーを真似て鏡の前でひと踊りする。いけない。美人講師としての自覚が足りない。

ウォーキングで体を絞りながら考えることにしよう。最近家の近所をウォーキングしている。私の家の周りは坂が多くよいトレーニングになるのだ。トレーニングウエアに着替え、日射し除けのため一番ツバの広い帽子を手に取る。この帽子は確か私がモデル時代にオートクチュールのショーに出演したときにいただいたものだ。芸術的な装飾があしらわれており、日本の街中ではみたことがないデコラティブと思っていただきたい。

彼女のリップサービスにおごりたかぶっていた私は、それが何だろう。と、その帽子を被り出かけた。

もうひとつ実行しているのが顔ヨガである。舌を思いっきり出したり、顔を膨らませながら腕を大きく振り坂道を歩く。美人になるのって大層忙しいのね、、、。

あちらから小学生の4人組が楽しそうにお喋りしながら歩いてくるのがみえる。この子たちも数年後、恋のひとつやふたつ経験してダイエットと向き合う日がやってくるのだろう。が、その子たちが私の目の前でピタリと止まった。一同シーンと静まりかえる。私と目が合うなり後ずさりした。

私は自分の近い将来を想像する。近所の通学途中の小学生たちから「あそこにちょっとコワいおばさんが住んでいる」と噂される。どうにかしてこのコースをたどることは避けたい。

見逃してー！！私は急いで自宅へ折り返す。

ブタになるといろいろと辛いことが起こるものだ。普通の人からは考えられないようなことが次々と私を襲うのである。

次回ついにトップとの接近戦について投稿します。