トップとの接近戦
私はこの日を指折り数えて待っていた。そう、モテ女であり魔性の彼女がいよいよ刀を抜く夜である。
この日のために私は歯を食いしばり、いや歯茎から血が出るぐらいボディにマメになった。前にもお伝えしたが、私が今回ブタになった原因は自律神経の乱れで漢方でいう「気滞」の状態だ。この体質のときは運動より食事療法のほうが有効だ。私は飲み物と食べ物でフィトケミカル成分を積極的に摂取したのである。その甲斐あってひとさまに迷惑をかけない程度のフォルムへと立ち直った。この嬉しさ、女性だったらわかってくれるはず。
これを記念して、次回は皆さんの前にビキニ姿で登場しまーす!(ウソ)
話を戻します。
当日私たちは食事会が行われるレストラン近くのカフェで待ち合わせすることにした。
向こうから手を振りながら彼女がやって来た。かっ、かっ、かわいい、、、。もともと美人だけど、今夜のかわいさは普通じゃない。フワフワの巻き髪にオーガンジーのノースリーブワンピースを身に纏いあたりをはらうような華やかさ。まるでガラスケースの中から抜け出してきたお人形のようだ。
「恵美子さん、眩しいぐらいキラキラしていて遠くからでもすぐわかりましたよ」
私は彼女のこういうところが好きなのだ。
宴の前に彼女は私にプチ講習会を開いた。
「いい、恵美子さん、どんなときでも手は膝の上に置いておくのよ。手を叩いて喜んだり、両手を上げてピョンピョン跳ねたりしちゃだめよ」
彼女は私の手を取り膝の上にのせおまじないをかける。
確かに私は気持ちが昂ると歯止めがきかなくなり、リアクションが外資系になる。
「うん、分かったわ。芝居を打てばいいのね」私は女優のオファーをお受けした。
そうか、私は女優なのね、、、。何でも自分の都合のいいように解釈して結びつける私のよくない癖が顔を出す。
私たちはレストランの個室へと案内された。美女が入っていくと男たちはいっせいに立ち上がる。美女の威力を知る私。
男たちはまるで希少価値が高い美術品を見るかのようにものすごく鋭い目で彼女を見る。美人を見ると男性は失礼なぐらいじっと見る。
そもそも昔から美と権力とは結び付きやすい。権力者は宮殿を建て、美術品を収集するなど力をもったものは希少な美を希求するのは自然の理なのだ。
私は職業柄、人の外見には敏感である。違う意味で私も失礼なぐらい人をじっと見てしまう。一番奥に座っている男性は品のある端正な顔立ちに髪も肌もよく手入れが行き届いており、無駄なものがまるでない引き締まった体をしている。日頃から自分を律して生活していることがうかがい知れる。″爽やか″という言葉がぴったりで恋愛マーケットではかなりの高得点であろう。
彼女が感心と憧れが入り混ざったような声でその彼に言った。「〇〇さんがダメージデニムを穿いていても、まったくダメージデニムに見えないですね」
彼の外見であれば、真っ白なパンツなんかが一番彼らしいということになるのであろう。しかし彼は″いかにもその人らしい″というルールを意図的に気持ちよく破っている。ダメージ加工された服は普通の人が着れば、外見のダメージを拾い小汚くなり野暮ったい印象は免れない。彼の清潔感という強い魅力はダメージデニムをもねじ伏せているのである。
その証拠に小汚く見えるどころかより清潔感が増し、なんともいえぬ洗練された雰囲気を醸し出している。トップと呼ばれる人は自分の魅力を客観的に冷静に判断したうえで噛み砕き、見せどころを心得ているのである。
彼女は彼のこうした工程を一瞬にしてとらえて、僕のそんなところまで見てくれていたのかというところを褒める。これは一流の男性を感動させ、後に一流の男性の心の中に存在感となって置き換えられる。
その隣に座っている男性は頭の回転、質ともにバツグンで恋愛体質の外見をしている。彼がウイットに富んだ言葉を飛ばすと彼女はそれに輪をかけて、さらにヒネリの利いた言葉を返す。そしてちょっと意地悪なことを言って彼を惑わせる。
これらは彼らをいたく喜ばせたらしく、ワインを一本オーダーしてくれた。
運ばれてきたワインのラベルを見て私は思わず唾を飲み込む。とてもカジュアルにいただくようなものではないからだ。小心者の私はこわごわと彼女に目線を送った。が、彼女は真顔なのである。私はパニックになり先程飲んだ唾が出る。
思えば彼女の自宅に遊びに行くといつも雨後の筍のようにいっぱいプレゼントが置いてある。まだ包みを開けてないものもある。
たくさんのプレゼントをもらっても、平然としていられる。たとえプレゼントでも気にいらないものには興味を示さない。このくらいの美意識と余裕がなければ、どうしてモテる女でいられよう。
トップの人たちの話は毒と刺激が溢れており、とっても面白い。次第にハイテンションとなった私は笑い過ぎて顎が2㎝伸びた顔を脂っこいぐらいトップの人たちに近づける。これをみた彼女は遠隔操作で私をいさめる。
私はこの宴でひとつの真実を知る。彼女は終始二枚目なのだ。ちょっと平地の男性には近づきがたい存在になる。男の人を見上げるときの睫毛の揺れ方、微笑むときの唇の開け方、かぐわしい息の吐き方、、、。一流の男性は案外ここに目をやるということをよく知っている。つまるところトップの男たちは女性の最大の価値を二枚目におく。
すべらない宴は幕を下ろした。
帰りのタクシーの中で彼女は言った。「恵美子さん、ずっと両手を膝の上に置いていてすごかったじゃないですか」
そう、女優の私は演じきったのである。
私はもっと誉めてもらいたくて、彼女の体をつつく。「キリリとした都会の女っていう感じでしたよ」
「うん、まあ、そうかなあ」まんざらでもない顔をするド田舎出身の私。
彼女は余韻に浸ることなく言った。「恵美子さん、次もありますよ」
なおも重ねて「また誘ってきますよ。絶対に」と断言した。
あの空間のなかでトップと彼女は目には見えない赤い糸のようなものでやりとりをしていたのだ。トップからの暗号を彼女は見逃すことなく解読する。つまり、起こった出来事に反応する感情を垂れ流すだけではなく、それから何かを得る能力があるのだ。
もう一度はっきり言う。モテるってことは感性が研ぎ澄まされているのである。
感性を磨く彼女。ダイエットをする私。一生懸命努力をした女には、何らかの運がまわりはじめるものである。
私のスカートの膝部分は彼女のおまじないがよく効いたようでシワシワになっている。彼女と私の涙ぐましいコラボの結晶だ。
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